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警視庁の捜査一課、強行係島田班に属す刑事の佐伯さんが、何とも間のいい現れ方をした方へも、彼らの側からの事情が当然あるわけで。
『麻薬の取引をしている組織を追ってた?』
『それじゃあ、あの人たちって、
そんなおっかない組織の一員だったんでしょうか?』
おっかないというところを強調し、いや〜ん怖い〜とばかり、お互いの華奢な肩やら腕やらを引き寄せ合うと、声をそろえて怯えた素振りをし、擦り寄り合うお嬢様たちだったが、
“今更それは白々しいって。”
そのおっかない人を、片やは見事なみぞおちへのクリティカル・ヒットの連打で、蹴り飛ばしてのあっさりと昏倒させ。もう片やも いわゆる“めった打ち”にした上で、さあさあ きりきり吐きなさいと詰め寄りかけていたのだもの。どの辺の何が“怖い”のだかと、佐伯刑事を呆れさせたのも無理はなく。彼の側にも刑事仲間のお連れさんがあって、その皆様がほれほれ歩めと引っ立てて行った男二人は、特徴のないグレーの作業服も昨日の女学園への侵入時と同じいで立ちの、やはり同一犯だったそうで。麻薬という現物や、資金・売上という現金の流れなどなど、綿密に追っていた専任捜査班からの応援要請があってのこと。一味の潜伏先の絞り込みへと、連日の張り込みという格好で参加していた征樹殿にしてみれば。捕まってしまった輩たち以上に“何でまた?”とうろたえるばかりな事態に他ならぬ。なにせ、お馴染みのお嬢さんたちがいきなり現れて、しかもしかも、目串を刺してた実行班二人がおびき出されの、それをそちらも待ってたらしい趣きで受けて立ちのし、そりゃあ鮮やかに叩きのめしてしまっただなんて…。
『専任捜査の皆様に至っては、
どんな白昼夢だ、どんな調書を書きゃいいんだと、頭を抱えておいでで。』
そんな中にも救いがあったことを挙げるなら。彼らが住居侵入なんて危ない真似をしでかしたほどに、どうあっても取り戻したかったらしいもの、組織がその勢力の拡大にと利用していた、今時の手管というものの柱となってた“ブツ”が、こっちへ転がり込んだことだろか。
「ええ。反射探査系のICタグチップだったんですよ。」
簡単な仕組みのでいいなら、鍵はどこへやったかなっていうのを捜し出す便利グッズがありますし、迷子になったペットを見つけるとか、盗難に遭った高級オートバイを見つけ出すとか、そういう途轍もない広域方面へも、人工衛星によるGPS対応っていう性能のいいのが使われておりますアレのこと。
「もしかして、単に迷子になってたとか、
大富豪のお屋敷から攫われた猫ちゃんとかだったかも知れないからと、
迷子登録関係のサイトや協会、NPOなどなどが使っている、
探査波長の信号をピンからキリまで発してみたけれど、
どれへもまるきり反応は無し。
かなり特殊な設定らしいなということで、
オートランダムに次々と、適当な波長の信号を送っていたらば。」
ヒットしたのがあったはあったのですが、その同じ間合いに携帯を使ってたゴロさんが、妙な電波が混線したと言い出しましてね。
「突き止めたそれは、
ですが、電話に使われる周波数にさほど近い代物じゃあない。」
勿論、チップのすぐ間近でただ反応を調べてただけでしたから、質量的にもそんなにパワーのある電波を出した訳じゃない。なのに影響が出たなんて、なんとも妙なことよと思ったと同時、
「もしかして共鳴を起こしたのかも知れぬと思いまして。」
今度は、どっか別なところからもその波長のが飛んで来てたんじゃないかって方向で、波長を固定して逆探知してみたところが、
「仔猫を拾った付近に、発信元があるって判ったものですから。」
同じような手を使い、タグを探している存在がいるようだとあって。試しにと、新しいポスターを作ってその場所へ行ってみれば、久蔵が仔猫を拾った場所だというし、そこへ張ってあったはずの、シスター・ガルシアが作ったポスターは1枚も残っておらずで。これはやっぱり怪しいぞとの、探り半分。立ち話をしつつの撒き餌がわりをと構えておれば…なんてことを、ぺろぺろと恐れもなく語る少女らなものだから。
“そんな恐ろしいことをまた…。”
勘兵衛様がいつも案じているのがよく判るとの、憂いの吐息をはぁあとついてから。寒空での会話というのも何だったし、こっちが追ってた一味の下っ端が、結果はどうあれ(笑)無辜の女子高生を襲おうとしていたらしいのは、彼女らの証言からも…追い詰められかけてた男の言い分からも明白だったので、
『助けて下さいと言って来た、変則的なそれではあったのですけれど。』
救済救助よろしく(おいおい)現行犯でお縄にしたそのついで。事情聴取に付き合ってくださいなと三人娘のほうも警視庁までをとお招きし、暖房の効いたこじゃれた待ち合い室にて、彼もまた組織を追う担当官の一人として、捜査スタッフに加わっていた島田警部補にバトンタッチし、さてお話を聞きましょうかという態勢にあった彼らだというワケで。当然というか何といおうか、容疑者扱いなんてのはしちゃあいないが、
『なにぶんにも未成年なので。』
正式な聴取だというのなら、保護者を呼んで同席させるもの。とはいえ、彼らには微妙な事情があるという点、理解出来る存在であった方がよかろうということで。特殊な身の上云々をよくよく承知しており、尚且つ、彼女らが通う女学園の校医という形でも関係者にあたろう、榊兵庫殿をお呼び立てしての事情聴取となっていたのだが。
「いくら、そういう専門的なことへ長けているからといってだな。」
ただそれだけを訊いたなら、迷子の身につけていたものに関心を寄せての行動だったのだ…で済む話だが。
「女学園への不法侵入事件へ関与していることが、
ありあり判っただろう“前後”があっての判明したこと。
どうしてその時点で、
警察か、若しくは兵庫殿か五郎兵衛か、
あるいは儂に話を持って来なかったのだ。」
相も変わらず、危険なことへ首を突っ込むような真似をしおってからにと。笑って済ませられぬこととの覚えも明確に、眉間のしわを深めつつ、真正面へ腰掛けていた七郎次を見据える勘兵衛だったのへ、
「そこですよ。」
横合いからすかさず口を挟んだのは、やはり平八で。逆側のお隣りに腰掛けていた久蔵もまた、
「………。」
七郎次ばかりを苛めるなということか。白百合さんの二の腕へ両腕がかりでしがみつきながら、いかにも好戦的に尖らせた視線は、髭の警部補殿へきりきりと鋭く向けられており。その果敢さと従順さは、見栄えの麗しさと相俟って、まさに女神を護りし守護の聖獣の如し。如才のない言い回しを滔々と、巧みに繰り出されるよりも、何も言わぬままで無垢な眼差しに一念込めて睨まれる方が…実は対処のしようがなくて。
“う…。”
これにはさしもの“鬼警部補”であれ、二の句が継げずに口ごもるしかなかったり。しかもしかも、
「例えば警察へ持ってったところで、
推理小説の読み過ぎだとか、サスペンスドラマじゃあるまいしって、
まともに取り合ってくれないんじゃないですかね。」
兵庫さんや、そうそう勘兵衛殿にしたって。歳末の忙しい時期、風邪を引いたと患者も増えりゃあ、払いに追われてか強行犯罪も増える頃合い、ですものね。
「私たちが何やらほじくり返した“瑣末なこと”なぞ、
適当にあしらうだけなんじゃありませんか?」
こちらさんはそれが得意技か、畳み掛けるように言いつのる ひなげしさん。それこそ、これまでの蓄積があってのこと、子供のように単なる勘で ものを言ってるんじゃなかろうというところまでは、何とか判って下さったとしても、
「まだ何も起きてはないのですものね。」
それでは、動き出そうにも動機や理由が弱すぎるので。警察関係者や医者という、責任のある立場だからこそ、今度はそれが邪魔をして、
「女子高生に鼻面引き回されてちゃあ いけませんて、なりますよねぇ。」
「お主……。」
そこまでの口八丁だったとは…とでも言いたいか。しょっぱそうなお顔になった兵庫せんせえが目許を眇め、勘兵衛は勘兵衛でやれやれと、延ばしっ放しの鋼色の髪を、大ぶりで持ち重りのしそうな手を差し入れ、ごそごそと掻き回して見せる。そんな二人だったのへ、
「でも…正直に言って、
佐伯さんが来てくれて、そちらの事情を突き合わせて下さったのは、
本当にありがたいと思ってるんですよ?」
だって本当に、そんな大層な組織がかかわってる犯罪ごとだとは思わなかったからと。不意に しおらしい言いようをして見せて、
「あの小さな仔猫を誘拐して、身内の伯母様を困らせてやろうとか。」
「……。(そうそう)」
そんなレベルの意地悪を仕掛けてた誰かさんだろうと、その程度の規模の話だと思っていたから。あのチップで逆探知した先には、大事な仔猫がいなくなったと憔悴してなさるご婦人がおいでかもと思ってのこと、手をつけ始めたことだったのに。
「女学園へ忍び込むまでして取り戻したいって連中だったのは、
何だか怪しい風向きだなぁと思わないでもなかったですが。」
すっかりと意気消沈している白百合さんなの、励ますように庇うように。両サイドから彼女へと擦り寄ったまま、そんなこんなと言葉を積み重ねる平八と、視線で物言う久蔵だったものの。そこまでは黙って聞いていた勘兵衛からの、
「個人的な誘拐事件ではないか、だから関わり続けたというのは、
今の今、思いついたのだろうが。」
「う…。///////」
あまりに的確な間と、絶妙な落ち着きを孕んだ声の切れ。それが、ひなげしさんの饒舌を即妙に叩いての黙らせており。図星だったのは明白で、そこがまた口惜しいか、
「……なんでですよ。」
少々どころじゃあない、ずんと不満げに口許尖らせて訊いたところが、
「なに、言っていることに矛盾があるからの。」
女学園の教務室があちこち荒らされた段階で、猫が目当てではない、ICタグが目当ての輩…と判ったはずだと。さすがはおタヌキ様で、奇弁を相手に易々とは翻弄されてしまわなかったその上。長い足の先、お膝あたりへ肘をつき、少しほど前へと身を乗り出すようにして来てのお言いようだったのが。ただ図星だったというだけじゃあなく、声を甘く低めておいでだったのも相俟って、どこか内緒話のようでもあったものだから。勘兵衛からの、その特別なお声がよほどのこと胸へと響いたのだろうか、
「…………はい、すみません。////////」
お友達二人の援護も空しく、性懲りもなくお転婆な向こう見ずをやらかしましたと、それは素直に“ごめんなさい”と降伏してしまわれた白百合さんだったりし。途端に、
「しち。」
シチは全然悪くないと、すがるようにその痩躯を擦り寄せた久蔵へも。ちょっぴり微笑って、だがだが かぶりを振って見せた七郎次であり。同じ金の髪をした美少女同士が、言葉少なに視線だけで諭し合う様子は、さながら…高貴な聖画に似合いの、それは敬虔な構図のようでもあって。
“恋する乙女には、誰も敵いやしませんてか?”
あ〜あと無念の敗北を噛みしめた平八も。とはいえ、勘兵衛にはどうしても弱いという、そんなヲトメなお顔も持つ七郎次だというの、実は だからこそ気に入りの一面でもあるものだから。くすすとくすぐったげに微笑っての、しょうがないかぁとすっぱり片付けてしまったのでありました。
ただし、
「で? 結局、あのチップってどんな役割のある代物で、
何でまた、あんな小さい仔猫が預かってたんでしょうか?」
それっくらいは教えてくださいな。でないと勝手にあちこち嗅ぎ回りますよ。それと、あの仔猫は没収されちゃうんですか? 命を物扱いはいただけませんことよと。それなり食い下がった彼女だったのもまた、勘兵衛のみならず兵庫せんせえにも判らなくはなくって。むしろ可愛らしいことよとの感慨込めて、くすすという苦笑を向けて差し上げたほどだった。
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